【施術家の備忘録】
「全てが手に出る」ということ。
先日の研修で、自分の現在の潜在意識からの顕在意識における様子が露呈。
安心安全の場では、ある程度自分の平素の実力が発揮できるという安心も得たとともに、自分では顕在意識に上がっているはずなのに、認識できていなかったことがあることも露呈。
コンフォートゾーンに、今いるらしい。
自分なりに築き育んできた哲学、世界観、学び、仕事、施術院、ラボ。
いつだって、比較対象は過去の自分なので、昔に比べたら、だいぶやりたいようにやっている。(やらせてもらえている。)
おかげさまで、悲喜交々ありつつも生活も仕事も、それなりにやれている(つもり)。
でも、そもそも私は出生や生育環境を考えた時に、満足度を感じる閾値がおそらく人より低いのだ。
日々の生活の小さな幸せが満たされること自体が多分、人よりもありがたく感じる。
自分の幼少期や成長期にはなかったことだから。
私は多分、人より強い。いろんな環境を経験し、耐えてもきている。乗り越えてもきている。いや、耐えてきているもののが多い。
乗り越えてないのだ。
だから、耐性はかなりある。
これは、受容力・寛容さという意味ではとてもいい能力だと思う。
ただ、いかんせん、欲が弱い。
いや、欲が弱いというより、小さなことでも幸せを感じ、満足するという良さの反面、もっと高みに!というのの高みが低いんだと思う。
いや、ちょっと語弊があるな。
欲が出てきた瞬間に、打ち消してしまうのだ。高望みするなと。
手に入らない欲を持てば、苦しいだけなのだと。
さらに厄介なのが、それが、結構瞬時になきものにできるので、自分でなかなか認識できないことが多いっぽい。
加えて。
環境が過酷だった分、今手に入れていることにはかなりの満足を感じているから、そのままそこにとどまっていたくなるのだ。
安定している今から抜け出すのが怖い。
いわゆるホメオスタシス、とも言える。
それが、手に出ている。ということだ。
変わりたくない。
今のままで十分だろう。
そう、この意識は、自分の成長を止める。
決して。決して、自分が向上心を失っていたつもりはないんだけれど。
そう指摘されて、振り返ってみたら、自分で自分を誤魔化していたというか、宥めていたというか、自分はこんなもんだろう、これで満足しなければ贅沢だろう、手に入らないかもしれないものを、求めることは苦しいことだ、そんな意識が出てくる出てくる
でも、それに気づいたら、じゃあ、一瞬のうちにすぐ自分を宥め、落ち着かせてしまう、なかったことにしてしまう能力に惑わされず、頑張ろう、と、湧いて出てくる。
そしてこれがまたトラップだ。
頑張る、という言葉は、苦しいことを乗り越えていく、という意味が含まれているらしい。言語としてではなく、日本人の潜在意識として。
さらには、私は、基本的に、期待して裏切られることが嫌なのだ。だから、ファンクラブとかも嫌いだった。何かにハマるのも嫌いだった。失うのが怖いから。それなら願わないほうがいい。最初から諦めたほうがいい。
期待しても、その期待は裏切られる可能性が高いと、勝手に思い込んでいるということだ。自分を信頼していない。
そしたら、安牌な未来しか描けない。
結構めんどくさい自分
でも、果たしてそれは、より良い生き方なのだろうか。
いや、いい悪いはないんだけど、私はその生き方をしたいと思っているのだろうか。
私の心の奥底にある欲求に、私が応えないで、誰が応えるのだ。
だから、今のコンフォートゾーンを、頑張らずに努力で抜けていく。
自分の過大評価は確かに良くない。傲慢になるから。
でも、自分の過小評価はもっとダメらしい。
「今は、こんなもんでいいだろう」と
「私は、こんなもんでいいだろう」は
全く違うということだ。
今できないことをただ高望みする必要はない。現実的な判断は重要。
でも、今できないからと、未来を諦める必要も、なだめる必要も、自分の欲をなかったことにする必要もないということだ。
希望や願望をはっきりもつということは、現実が叶わなかったときに、残念な気持ちになることも覚悟するということでもある。
と思っていたんだけど、その覚悟ってのも妄想なわけで。
あんまり深く考えすぎず、自分の心から湧いてくる欲求を大切にするというのをまた心がけていこうと思う。
こうなりたい、これが欲しい、ここに行きたい、こうしたい、
人の成長は、生まれた時から、欲が原動力だ。
全てが手に出るから、私が自分を過小評価すれば、それがクライアントさんたちにも伝わる。私が成長を潜在的にも顕在的にも諦めていたら、クライアントさんたちの身体の本質的なところと、対話ができなくなる。
誰しもが、欲があるのだ。
欲のない人なんて、いない。
いつだって、私の成長は、私が私の心から沸く欲求に、気づいてあげられるか、掬い上げられるか、なんだなと思った今日でした。
あおい拝


