FBで、次のような投稿を、お昼ごろにした。
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【3.11】
7年前のあの日は、息子の卒園式前日。
私は家で一歳の娘と育休中。
大きな揺れの後、テレビの画面で、
まるで映画のように車が津波にのまれていく映像を なにも考えられないまま見てた。
そして、そこから始まった、放射能への恐怖。
西に逃げたくても
夫や義両親の理解が得られない。
入学式の迫っている息子と乳児を抱えて、
一人で西へいく勇気も度胸も知恵もなかった。
家の窓も換気扇も全部ゴミ袋で目張りして。
食べ物は全部西のものにして。
放射能についても勉強して。
資料をまとめて
教育関係者のための勉強会を資料代だけで開催したり。
職員研修で使ってくれと、管理職に直談判にも行ったりした。
2カ月後くらいには もう ほんとうにメンタルも限界で
私 このままではおかしくなってしまうと思った。
でも おかしくなるわけにはいかなかった。
どうにかこの恐怖から抜け出さなきゃって。
そこで初めてホメオパシー相談を受けた。
ネットで繋がれてる 同じような考えの人たちとの関わりが支えで。
それでも
外を歩くどころか
洗濯物を干すのも
息をするのさえ怖かった。
そんな空気を 我が子に吸わせるだけで 息が詰まった。
心配しすぎ。
気にしすぎ。
なんども言われた。
不安になることがおかしいといわれ
責められた。
その恐怖から抜け出すのに
多分数年かかってる。
今もまだ 多分残ってると思う。
健康やイノチという 土台の必要性を感じて
教員退職して、今の世界に飛び込んだのも、きっとそれも大きな理由の1つ。
そして
政治、経済、社会を見ずしては
子どもたち世代は守れない。
子どもたち世代に 負の遺産を残したのは 無関心 見て見ぬ振りしてきた
私たち大人世代だから。
気負っても仕方ないし、
自分が壊れるほどに、追い詰めたり
がむしゃらにする気はないけれど。
責任は責任。
淡々と、ときには少し熱く(笑)
できることを続けて行こうと思う。
今朝から息子が 右足が歩くと痛いというので カラダを見た。
問題は右足には無くて。
腰の関節だった。
そこだけ施術したら 足の痛みがほぼなくなり
「なかなかスゴイんだね」
と言われた。
「でしょー❓」
なんていいながら 嬉しくなった。
あのとき、何もしてあげられなかったけど。
今はできることが増えたと思う。
生きてるから。
生きてるから いいことも嫌なことも
幸せなこともつらいことも味わえるんだなーと思う。
生きてる間に
面白いことへのチャレンジでも、
趣味の追求でも、
大きなものへの挑戦でも、
おかしいと思ったことの変革でも
やってみたいこと
やりたいと思ったこと
なんでもやればいいんだなーって、
失敗してもまたやり直せばいいんだなぁって
思えるようになったのは
この7年の成長かな。
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こんな感じだったけど。
ふと読み返したら、なんかちょっとカッコつけじゃね?
って思った自分がいた。
こういうの書いてるときは、んなつもりないんだけど。)
けど、カッコいい大人でいたいじゃんか。
「できることあったけど、なんだかめんどくさくてやりませんでした。」
とか、
「やっかいなことには首突っ込みたくありませんでした。」
とか、まるで国会中継で昼寝してるような議員さんみたいな。
そんな大人では 私はいたくない。
ただのカッコつけ。
全ては自己満足。
でもそれでもいいじゃんか。
自己満足上等。
カッコつけ上等。
言い訳ばっかして、出来ない理由ばっか並べたてて、
キレイごとばっか言って、逃げてばっかりいる大人は
私の中では、ダサい。
どんなにいい服着てても。どんなにお金稼いでても。
ダサい。
ああいう大人になりたいって、言ってもらえるような
見て見ぬふりしない、ウソのない、まっすぐな大人で私はいたい。
この世界の光も闇も、臆することなく見つめることができる大人でいたい。
元々、やることなすこと、どんくさいし、ドタくさい。
スマートって言葉とは、昔からほど遠い。
効率よくとか要領よくとかって、頑張らないとできない。
不器用で、一生懸命やらないとできないことばっかりだ。
「あおいさんって何でもできるんですね、いいなぁ」
なんていわれると、余裕がないときには腹が立つ(笑)
全然こいつ、私のこと見てねーなって(笑)
(まあ冗談ですw いいの、一生懸命やるのも、自己満足だから。)
勉強は、出来る方だった。でもそれだって、大したことない。
本当に勉強ができる人ってのは、わざわざ勉強しなくても、すんなり理解できる人のことを言うのだ。
私は、頑張って勉強しなきゃ、すぐ成績は下がった。
けど、せめてココロくらいはカッコよくいたい。
私が思う、カッコいい生き方を したい。
私が私らしく生きることが、一番カッコいいんじゃないかって思うから、
だから今はそれの確立に必死だ。
嘘ない自分でいること。
自分の想いにまっすぐいること。
それが当たり前になるように今だって必死だ。
自分が満足する生き方をして、それが誰かの役に立つなら、御の字だ。
誰かのためになんて、生きない。
社会のためになんて、生きない。
自分を謳歌しつつ、責任もちゃんと果たせる大人がかっこいいと思うから、やり続けるだけだ。
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