「悔しい思いがあるから」

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【施術家の備忘録】

「悔しい思いがあるから」

うちの院には、クライントさんも待っている間読んだり見たり借りたりできるように、たくさんの本がある。

スペースがそんなに広くないので、大きく4カテゴリに分けてある。

死生観・がん
身体の仕組み・見方
各種療法
波動その他

ざっくりな分け方で申し訳ないが笑

その4スペースの中にも、これまた雑多に色々ある。

死生観・がんのスペースには、
「癒す心 治す力」
「君たちはどう生きるか」
「命日占い」
「がんは自然に消える」
「医師が考える死んだらどうなるのか」

などなどなど。
自己啓発本系も、大きく分ければ死生観に入ると私は思っているので、そういう本もこの棚にある。

身体の仕組み・見方のスペースには
「血液と健康の知恵」
「身体に閉じ込められたトラウマ」
「皮膚感覚の不思議」
「栄養学の基本」
「顔を見れば病気がわかる」
「最強に面白い!!脳」

各種療法のスペースには
「からだの自然治癒力をひきだす食事と手当て」
「予防接種のえらび方と病気にならない育児法」
「ローフード」
「ホメオパシー」
「アーユルヴェーダ」
「基本がわかる漢方医学講義」
「アントロポゾフィー医学入門」
「サイモントン療法」

波動その他のスペースには、
「バイブレーショナル・メディスン」
「マワリテメクル小宇宙」
「こよみの基本学」
「数秘占い」
「シータヒーリング」
「量子医学の誕生」
など。

ちなみに、全スペース2列になっている。
ので、奥側にもあるけど、手前の本をどけないと奥の本が見えない笑。

今日来たクライアントさんと、この、一つにこだわらないというよりも、めっちゃ雑食感ある色んなものが本棚にあるのをみて、なぜなのかという話になった。

聞かれてみて、改めて、自問自答してみる。

基本的には、施術が好きなのだ。1番好きなのだ。

今ちょうど、インスタライブでも話してきたけれど。
健康に興味があって、身体に興味があるなら、手の下に広がる身体の世界というのは、ものすごい奥が深くて面白いことこの上ない。
単に内臓やら脳やら神経血管やらが触れるとか、液体流動が感じられるとか、電気の流れが見えるとか、それ以上のオーラとかのエネルギー領域がとか。
そういう単純な触感の面白さはもちろんのことなのだけれど。

自分の頭の中で描いていたことが、机上の空論だったこと、本当に一側面であったことが思い知らされる上に、もう圧巻なのだ。

ほおおおおおおお!
へええええええええ!

と。
私はグランドキャニオンに行ったことないけれど。
行ったことある人は、みんな、おおおお!って言葉にならないほど壮大で圧巻だったっていう。

私からしたら、身体もそう。
手の下に広がる世界は、果てしない。

だから、毎日、毎回、一手ごとに、ほおおおお!って小さな感動が私には実はある。

仕事でもあるから、いちいちその感動に浸ってるわけにもいかないから、やっていくのだけれど。

それでも、その喜びがあるから、続けているのだと思う。
それくらい、施術が好きで、信頼もしている。

でも。
それでも、叶わない経験の数々もある。
その人の命が、その人らしく生きていけるようにと、ギリギリまで。
たとえ医師も家族も本人も諦めかけていても、それでも私は生命を信頼し続けて、施術をして立ってきているつもりである。常に。

施術が全能とは思っていない。
自分が全能とも思っていない。
それでも。
悔しいのだ。
単純に。
叶わないことが、悔しい。

ずいぶん昔のことだけれど。
大切な人がいた。
私は施術をし続けたけれど、なかなか良くならなかった。
色んな経緯を経て、その人は私の師匠の施術を受けるようになった。
私は悔しかった。

私の大切な人だから。
私がやってあげたかったんだと。

あまりに悔しくて、師匠の前で泣いて言ったら、そんな私にバッサリと。
「それはただのあおいさんのエゴだ」
といった。

普段ならそれで引き下がるのだけれど。
その時は、引き下がらなかった。
「それでも、エゴでもなんでも、私は私の大切な人には、私がやってあげたかったんだ!信頼に応えたかったんだ!」
と言い切った。

そしたら、師匠が一言。
「じゃあまっすぐ悔しがりなさい。」
と。珍しく、優しい笑顔で言ってた気がする。
(知らんけどw)

それは一つ、今でも原動力である。

大切な人を大切にできる自分でありたい。

自分はそう思っているのだと、はっきり自覚するようになって数年。
できることはなんでもしたい。
でも意外とできてないことも多い。
それでも、焦らず、弛まず、できることをしていきたい。

だから、必要だと思えば、学ぶし手を出す。
統合医療の世界に足を踏み込んでからは、知らなかったこともまた増えて、本も増えた。

まだまだ、咀嚼が足りない。

でも咀嚼しながらでも、私の学んだことは全て、私の手に反映してくることが嫌というほどわかってきているから。
さっきの話以降も、いくらでも悔しい思いはしてきた。

悔しさだけが原動力なわけではないけれど、
一つの原動力に今はなっている。

ということで。
話題に出たら一つ、こんなことが浮かんだので書いてみました。

今日も長文、ありがとうございました。

あおい拝

 

#備忘録シリーズ
#湧いてきた時しか書けないけど
#細々続きそう

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