誰かに何かを「贈る」ことが苦手でした でもそれは「豊かさ」に気付いてなかっただけでした

もう いつからかは わからないけれど

知人友人 家族にも 物を「贈る」のに ずっと苦手意識がありました

 

理由は
「相手が何が欲しいかわからないから」
「自分が贈ったものが 相手が困ってしまったら 切ないから」

だと 自分で思ってました

たしかに それは間違いではない

でも 私は
「私らしい ホンネの生き方」を
昨年の秋くらいから 真剣に見つめてきていて

そろそろ 「贈る」ことの「豊かさ」に気づく準備ができてきたのか

(いや いい加減気付けって この世界が言ってたのか・・・)

 

大切な人たちに「ものを贈る」機会が やってきました
(遅いよなぁとおもいつつ いやいや どんなことも Never too late!(笑))

 

 

3品か4品 選んだのかな

いくつかのお店を 何度も行ったり来たりして
一度手にとってはまたおいて 

 

ときには 

 

相手の写真をフェイスブックでひっぱり出してきて
イメージと 手に取ったものを 見比べてみたり(笑)

 


その日は そのためだけに時間を使うと決めていたので
1時間以内に選ばなきゃ みたいな 焦りもなく

それはそれは ココロゆくまで ゆっくり選び

最終的に選んだ品にはもう 大満足(笑)

 

というか 「選んでいる」その時間自体がもう ギフトでしたね
ただただ 真剣にそのことだけに集中できることが
楽しくて幸せ 

 

ああ、そうでした

私、どこまでも完璧主義なんです

 

どこまでも「自分の納得」が必要

それができないくらいなら 「手を出さない」

 

そして それを「苦手」といって 避けて逃げてた

 

 

でもほんとは

「自分の納得できる状況をそろえればいい」

 

だけだったんですよね

 

 

私の場合は

 

「時間とお金にゆとりのある自分でいること」

 

それが

「私のホンネ」

でした

 

仕事が忙しかったり 経済的に余裕がなくて

大事な人に 中途半端に選んだものを贈るのが嫌だった

どこまでも どこまでも

大切な人を大切にしたいの

それができない自分が嫌なの(笑)

 

お金にゆとりってのは
お金に糸目を付けないってこととは違います

本当にいいと思った時に それを選べる経済的ゆとりがあるかどうか
ってことです

 

 

大切なものを大切にできる生き方をしたい
(それも かなりクオリティ高いのじゃないと満足できない(笑))

いや
そういう生き方をする

 

と 決めて 動く 

結局は そこなんだなと感じました

 

受け取り下手の自覚もあったんですけどね

思い返せば ここしばらくは プレゼントをいただくことがやけに増えてました

それもきっと 少しずつもう 

 

「相手と『豊かさ』を共有できる自分」

 

の準備がすすんでたってことですね(^^)

この「豊かさ」を知って初めて
「プレゼントの価値は値段じゃない」

 

って言えるのかもしれません(笑)

自分のホンネと とことん向き合うと 豊かさしかないなぁということが
増えていきます

自分のホンネと向き合いながら
想いの循環のプラットフォームになっていく

「コミュニティリーダー2期」 近々募集開始です(^^)

 

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